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原先生の言うオーダー(単位)の問題とパタン・ランゲージの取扱いについて

東大で行われたシンポジウムの感想をあげ忘れていたのでアップ。途中までだけど。主に原先生の思考とスケールの関係に着目して。

東大にて、著名な建築家三名によるシンポジウムがありました。

特別シンポジウム「Architectural Theory Now:これからの建築理論」
ゲスト: 槇文彦、磯崎新、原広司
司会: 隈研吾
日時: 12月1日(日) 17:00 – 19:30
会場: 工学部1号館15号教室 http://t.co/iGRF7OTHZg
主催: 東京大学大学院建築学専攻 Advanced Design Studies(ADS)
企画: 東京大学大学院建築学専攻Media Initiative Lab(MIL)

(余談ですが、槇先生、磯崎さんは80歳を、原先生は77歳をお迎えになっています)

今回は、シンポジウムの中で面白かった原先生の「オーダー(単位)」への指摘を、パタン・ランゲージへ取扱いと関係付けての取り上げてみたいと思います。
(そのシンポジウムの様子は次ににまとめられていますのでそちらを参照してください)
131201東大特別シンポジウム「これからの建築理論」 - Togetterまとめ

人類の思考可能なオーダー(単位)


上:「powers of ten(10のべき乗)」(1977)Eames、IBM、
下:同website:Powers of Ten. Based on the film by Charles and Ray Eames. An Eames Office Website

原先生の語る「オーダー」は、イームズ夫妻が作成したショートムービー「powers of ten」のテーマでもある、人類が思考可能なモノの大きさの範囲についてですね。加えて、当時(1977年)と今(2013年)における範囲の違いに言及されています。「powers of ten」は現在webサイトにて公開されているので、そこで利用されている単位を初期のムービーと比較してみると、当時は10の-16乗から24乗の範囲だったのが-18乗から26乗へと変わっています。実際にはもっと大きな範囲へと科学は進んでいるでしょうから、35年の時間の中で人類として考えられる単位の最小と最大は未だにずっと拡張し続けているわけですね。

原先生が紹介されていた「超弦理論」について書かれた大栗先生の著書

ローカルなオーダーとグローバルなオーダー

f:id:arch-database:20131203125453p:plain
図:オーダー(単位)と観察対象。上は建築の範囲において。下はpowers of tenより抜粋。

原先生
 建築家が都市について発言できなくなることは避けなければいけない。感知できるオーダーを超えたところ(IT的なものを含む)で都市が語られているようになってきているが、やはり都市は建築家によって語られるようにしなければいけないのではないかと。建築家が全てそうであれというよりも、大学であれ研究所であれ、デザインに取り組む人たちがその部分に興味を持って参入できるような状況を作らなければいけないのかな。

大野先生
 建築家が建築の自立性を確立するのに、建築論があるような気がしますが、必ずしもその規模の話にするのではなくて、シームレスな繋がりの中でも必ず存在するローカルな部分のコントロールに建築家は対峙できるのでは?
原先生
 我々が立っている現状として、寸法や地理的にローカルな記述で議論できるとは思います。ただ経験一般則に近い部分の記述において、建築の立場がなくなってしまっているという認識があります。職人的な(身体的な?)方向に向かわない方がよい気がしています。探偵小説でいうアリバイを考えてみましょう。私たちはアリバイがあるから無実です、と。しかし本当にそうなのでしょうか。そこにいながらも違う場所にもいれるのではないのか。そこに現在の根本的な問題があり、議論の土壌を設定できるのでは。

参照:131201東大特別シンポジウム「これからの建築理論」 - Togetterまとめ

大野先生は、原先生の提示する一部の人間が追求しているようなオーダー全体への思考ではなく、実際に私達の大多数が触れられる物質的な建築によって作られる世界(ローカルなオーダー)に限定して思考していくことの是非を問いかけています。しかし原先生は、認識が身体に囚われることなく(グローバルなオーダー)可能性を思考していく重要性を説いています。

パタン・ランゲージの現在

個人的に、このテーマとパタン・ランゲージを取り巻く現状は非常に似ていると感じます。