メディアによるザハ・バッシング
新国立競技場について。先月だったか、某メディアから急ぎの電話取材を受けたのだけど、ザハ案に対して、全否定に近いコメントでなければ、使えないといった雰囲気で、見事にボツになった。わかりやすいマルとバツでないと、報道しないのでは、結局、メディアも自らの首をしめると思うのだけど。
— taroigarashi (@taroigarashi) 2015, 7月 21
まさかの大阪の某局からコメンテーターとして番組に出演依頼。ザハと安藤忠雄に批判的な原稿で喋って欲しいとのこと。うちに来るぐらいだから相当色々な方に断られて血眼で捜しているんだろう。それが我々専門家の一般的な見解だとなぜ気づかないの?
— yoshihiroyamamoto (@yy_aa) 2015, 7月 24
今日偶然目にした関西ローカルの番組が「ザハは引き続き新国立に関わりたいらしい」という話題を紹介。スポーツライター?が「この人デザインしただけ。まだ1時間も働かんと億単位の監修料もらえて味しめたに決まってますわ」「ほんまですかー」って。久々にワイドショーの闇の深さに絶望した。
— 山崎泰寛 (@y_yamasaki) 2015, 7月 24
国立競技場の件、ザハさんは悪くないでしょ…デザイン料も工費の1割は相場だし。TVでも知識人と言われる人が平気で「机座ってチョロッと描いただけで」「タダで作り直させたらええねん!」とか言ってて絶望。アイディアも時間もタダじゃねーんだよ!お客様神様日本ルールこそ世界に恥さらしてるわ。
— コムヒロ (@comsteldam) 2015, 7月 25
政府まで巻き込まれたザハ案のデマ
蓮舫議員の文教科学委員会連合審査会における発言*1を見ている限り、どうやら「ザハ案はデザインとキールアーチ構造により、他の提案よりもコストが高い」という誤った認識が首相官邸含め政府全体に広がっていたようだ。最近になって、文科相が「自分なら安くできる」と豪語する建築家の槇氏と直接会い、槇氏がザハ案とは異なる条件で低コストを主張していた上で工期が延びるため参考にならなかったこと*2が確認されている。加えて、首相主導により国交省でデザインコンクール入賞のCox案やSANAA案について検討を行ったようで、ザハ案と同様の高コストになることも確認されている。*3
ひとまず、これでザハ案の特殊性が必ずしも高コストを誘引したわけではないことが判明した。しかしこれにより、ザハ氏がデザイン監修の立場を外されることになった明確な理由はなくなっている。ただ文科省や政府が「キールアーチは高い」というデマに踊らされ、結果としてザハ氏が立場を追われたのである。
直面している3つの問題点
2500億円という高コストを再検討できるようになったことは素晴らしいことだと思う。
しかし、これから先の話をするにあたっては大きく3つの問題がある。
- 初期の有識者会議で決められた要望条件ではコストを下げることがほぼ絶望的であること。*4
- コストを下げるために要望条件の再検討が必要であるが、そのフェイズが首相官邸というブラックボックスに入ってしまったこと。
- この白紙撤回により圧倒的に時間が足りなくなってしまったこと。
それぞれ補足したい内容があるが、ひとまずこの3つは頭に入れておきたい。
新国立競技場の今後の進め方について
自分はこの3つの問題を解決するひとつの方法として、次の提案を薦めたい。
1:デザインの決定権はザハ氏
上にも書いたように、ザハ氏はデマに踊らされた政府によって不当に職を失っている。
しかし理由はそれだけではない。デザインの方向性を白紙の状態から再検討する場合、デザインの方向性を募集し選出する過程だけで数ヶ月の時間が必要になる。これまでのデザインを踏襲するのかはさておき、ザハ氏ひとりにデザインの決定権を委ねることにより意思決定を迅速に行うことを目的とする。
2:設計者はこれまで設計を行ってきた設計JV
建築設計はデザインだけではなく構造、環境設備、防災などの条件が絡まった糸のような状態で成立している。これまでの設計実務を行ってきた設計JVには多くのノウハウが蓄積されており、この2年の仕事を生かすことが重要である。
また、ザハ・チームと既にコミュニケーションを確立しているため、コミュニケーション・コストを0から考える必要がない点も重要である。
3:要望条件は設計業務を再スタート前に政府が方針を発表すること
「あれもこれもしたい。でも安くして欲しい」という思惑が外れた事実を受け止め、有識者会議で上がった要望のうち最低限政府としては実現しなければならない要望を設計業務を再スタートする前に政府方針として明確に表明すること。この最低限の要望条件がこれまでと対して変わらないのならば、当然ながらコストは大きく下げられない。
また、時間は本当に足りないので秋口とは言わずに8月中には決めて欲しい。
4ー1:2014年にECI方式で既に採用されている竹中工務店、大成建設に設計段階から協力を要請する
設計と施工が同時にプロジェクトに関わることで、工期は間違いなく短縮される。ただしコストに関しては競争相手がいないのであまりメリットがない。
4−2:設計が固まった段階で再度入札を行う
入札によりコストは下がる。実施設計後から工事の段取りが組まれるため、オリンピックに間に合うのかは怪しくなる。
4−3:大手施工会社5社による施工JVによる工事
コストに対してメリットがあるのかは分からないが、職人や資材の手配、競技場設計中の他案件への影響など、各社の負担を軽くすることは可能になると思われる。しかし各社の意思統一をするのがたいへんそう。
本物の専門家による提言
ザハ氏の点以外は、「日本建築家協会、日本建築士会連合会、日本建築士事務所協会連合会の三会会長による新国立競技場整備計画再検討にあたっての提言」とほぼ同じ内容ではないかと考えているので、本当の専門家による提言に興味がある人はこちらもぜひ確認してください。
私見として
なんか誤解されそうなので、最後に私見を。個人的にザハ案がよいデザインだとは思っていないし、2500億円が妥当な金額だとは考えていない。
ただ発注者から与えられた要望条件に対してザハ案はしっかり条件を満たしているし、デザインやキールアーチがコストに非常に大きく影響しているようには見えない。*5
JSCはコストを本当に下げたいのならば、ザハ氏と設計JVには要望条件の削減を可能にする権限を付けるべきだった。
しかし実際にはJSCは要望条件を削らずに「ザハ氏以外のデザインコンクールとも関係ない提案」を検討していたという事実が出てきており、これは国際コンペを行ったことと矛盾する。
なぜこのような正当なプロセスが無視されるようなことが起きていたのか、首相により白紙にされたとはいえJSCが辿ってきたプロセスはしっかりと検証されるべきだと思う。
なにより、情報化社会で誰もが情報発信できる時代に、専門家の意見よりも、各プレイヤーにとって自分の願望に沿ったそれっぽいデマに多くの人が振り回された、という意味で、この事件については注目すべき事件だと考えている。
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最後にアマゾンアフィリエイトリンクを貼っておくので、興味のある人はぜひ買ってください。 特に「形の合成に関するノート/都市はツリーではない (SD選書)」は、パタン・ランゲージで有名なアレクザンダーが、それ以前に建築設計の複雑さを記述することに挑戦していた頃の思考なので、建築に限らずIT開発者の人が読んでも面白いはず。
*1:2015年7月14日の文教科学委員会連合審査会(1:13:45~)を参照。
この中で蓮舫議員がにて「キールアーチ」に焦点を当ててコストの話をしている点と、要望条件が全く異なる槇案を取り上げザハ案と比較している点は、技術的知見、事物の比較、どちらにおいても全く的外れな発言でデマの根深さが見て取れる。
もう1点補足すると、蓮舫氏が「特殊性」をザハ案のことのように語っているが、資料に記載されている「特殊性」は別の意味である。「つまりこの756億円は、ゼネコンが必要だと認めた総工費のうち、増加について明確な説明ができないところに、単に「特殊性」という都合のいい理由をつけた金額に過ぎないのである。」。玉木雄一郎氏のブログを参照。
*2:こちらも文教科学委員会連合審査会を参照。また槇氏の案は「槇文彦氏グループが新国立競技場のキールアーチ構造の取り止めを提言」を参照。
繰り返しになるがここで問題なのは、ザハ氏が設計を行っている条件と槇氏が設計を行っている条件が根本的に異なる点である。条件が違えば安くなるのは当然である。なぜザハ氏が要望条件を削減した低コスト案を作成できなかったを考える必要がある。
*3:茨城新聞に記事が掲載されていたが消えているようなのではてなブックマークの該当ページを参照。"安倍晋三首相に新たなデザインとして12年の国際公募の優秀賞、入選の2作品を検討するように進言したものの「そちらの方が(工費が)高いのでゼロからやる」との返答があった"
*4:これに関しては、ショッピングセンターのような非常に安価な作りにするという方法が残っていることは記しておく
*5:日経アーキテクチュア 2015年7月25日号参照 とくに、斎藤公男氏のこの指摘は、世間に流布している「コストアップ要因=デザインの特殊性」についての誤解への明確なアンサーであるためハイライトしておきたい(本当は記事全文読んでほしいのだが) pic.twitter.com/vOjSpxYUeB