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UX論はサービスの設計で役に立たないって結論

前回XP祭りというイベントに対して事前にUXについての疑問を投げさせて頂いたところ、しっかりと取り上げて頂いたようで感謝しております。

XP祭り2016で発表してきたことと「UX論は時代遅れなんじゃないの?」論に対する回答 #xpjug - ミッションたぶんPossible

しかし上記のエントリを読む限り、こちらの言いたいことが何一つ伝わってないみたいで、ちょっと残念な感じですね…。
特にガチャ周りの反論部分。この部分については記述された内容を読む限り「UX論はサービス設計の役に立たない」という結論になりそうですが、それでよいんですかね…?

以下、2箇所引用。

ソーシャルゲームのガチャについても同様で、あえてUXデザインと捉えた時(何度も繰り返しますが、ソーシャルゲームのガチャはゲームデザインの範疇でUXデザインではありません)、「その後の生活苦を考慮しないほどガチャを回す」ような性質を持った人を想定して設計されてない、というだけなんじゃないでしょうか。

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XP祭り2016の他のセッションでは「大人とは、自分で責任を持って行動できる人のことだ」という発言をされた登壇者がいらっしゃったようです。オレもこの意見に全面的に賛成です。ガチャ回しすぎて生活が窮困しようと、それは大人なんだから自分の責任の範囲で遊べばいいんです。それができず自分で勝手に自爆して自らを省みず後で逆恨み的にサービスを呪うような「大人ではない何か」のことなんか、オレは知りません。

(大人なんだから「射幸性」や「景表法」を知っていて欲しいな…と思わなくもないですが、それは置いておいて。)

この文章からは「このサービスに関わると不幸になると予め推測できるユーザーは、最初からサービスに関わってくれるな」と読み取れます。
そういう価値観で設計をする人がいる、というだけでも驚きなのですが、では「このサービスに関わると不幸になると予め推測できる」だけの情報をしっかりとユーザーに伝えてるのでしょうか?

例えば、あるガチャに対して「◯◯の出現率が今だけ2倍!」という宣伝文句をよく見かけるわけですが、これに対して

「みんな大人なんだから『確率2倍』と書いても、ちゃんと確率表示ページで『確率0.00◯%』だって調べて、その確率から必要な金額を推測して、当然それを超える可能性も理解した上でガチャを回してるよね?」

という暗黙の了解を強いるサービス設計は、本当に良いサービスなのでしょうか?

…………………

違いますよね。

ユーザー体験をデザインすると謳うのならば、しっかりと良い情報も悪い情報も全ての情報を届ける経路を作るのが「正しいユーザー体験デザイン」だと私は思うのですが、どうもあちらで語られるUXDは異なるようです。

他業種の消費者保護の水準に目を向けるべき

前回のブログにも書きましたが、「情報リテラシの高くない一般の人にまでアプリやwebサービスや普及した時代になった」わけです。そういった一般の人が利用するサービスである以上、「不幸になったユーザーは、こちらのサービスの想定外のユーザーです」とか、事業者は言っちゃいけないんですよ(消費者保護の理念)。

例えば、旅館やホテルでは「煙感知器」の設置が義務付けられています。「うちのホテルでは火事なんて起きないので、煙感知器は付けません。火事なんて想定外です。」という事業者は逮捕されるわけです。
参考:ホテルニュージャパン火災 - Wikipedia

もちろん「お客様には事前に煙感知器が設置されていないことを説明し、了承を頂いてるから煙感知器が無くてもだいじょうぶです」なんてホテルもありません。

他業種が守っている法律というのは、数々の不幸な出来事を経て、事業者の勝手で不幸になる人がいなくなるように時代と共に作り上げられてきたルールです。

一方、ソシャゲに限らないですが、webサービス界隈では現実にたくさんの問題が生じています。それを受けてどのように業界を変えていけるのか考えなければいけないと私は思いますが、「それらは想定外のユーザーなので私たちに責任はありません」と言って責任逃れをしようとしているわけです。

しかしそれは、ユーザー全体を想定できないサービス設計者に問題があるだけです。「設計者の想定外だから仕方ない」と言ったら許されると本気で思ってるんですかね?

ポジティブな話しかないUX論は甘え

返答いただいたエントリを読む感じ、「ユーザー体験を少しでもよくするためにUXDを仕掛ける」みたいな書き方をされてるのですが、「関わって欲しくないユーザーに関わってほしくないと伝える」とか「ユーザーにデメリットが生じる時にしっかりと内容の理解を促す」といったネガティブな視点が全く出てこないんですよね。だからUXの対外的UXが悪いとか言われるんですよ。
しかし(何度も書きますが)「情報リテラシの高くない一般の人にまでアプリやwebサービスや普及した時代になった」からこそ、サービス事業者にはユーザーにネガティブな情報をしっかりと伝える責任が生まれてきているわけです。

そのような責任が事業者に生まれてきている時代に、UX論では「想定外のユーザーのことは知りません」とか書いてしまってよいんですか?
これって、ユーザーに良い体験を仕掛けるのがUXデザイナーで、ユーザーを保護したりネガティブな情報を提示したり法律を守ったりする作業は事業者側で考えてください、という切り分けをしているように見えるんですよね。

結局、UX論はいつまで経っても「ユーザーによい体験を届ける」といったポジティブな話しか存在しないお花畑に見受けられます。
その根拠が「想定外のユーザーには対応しなくてよい」という甘えた部分にあるならば、UX論なんて現代のサービス設計の場面でほとんど役に立たないんじゃないかと思います。