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「ベビーシッター事件」に見る、アーキテクチャの問題の現在 ー要約ー

「ベビーシッター事件」に見る、アーキテクチャの問題の現在 - architecture_database
前回書いたブログを要約してみた。

webサービスには、投資力の高い業態において開発・研究・整備が進みやすい側面があります。これは資本主義社会であれば、否定されることではありません。しかし一方で「介護」や「ベビーシッター」といった身体と身体が交差するサービスは、実際に人が出会う必要があることから、「ネットショッピング」のような販売サービスや、「マンガを読む」みたいな情報提供サービスと較べて、小さな経済規模になりがちです。

ベビーシッター事件を受けて、webサービスにおいても、人々を「暴力」などから守るために、大きな資金力で開発を進められた有意義な技術を小さなサービスに渡して運営していけるような「公共性」が必要なんだ、という議論が起きてもいいような気がします。

つまり今回の事件でIAが問題にすべきなのは、webリバタリアニズムとwebリベラリズムの対立として、webサービス全体に対する運用コストをどう是正するのか=小さいけど社会的に重要なwebサービスに公的な補助を与えるのか与えないのか、みたいなことだったんじゃないかと思いました。